痙性斜頸 投与方法
用法及び用量
初回投与の場合は合計30~60単位を投与する
初回投与後4週間観察し、効果が不十分な場合は合計180単位を上限として追加投与することができます
症状が再発した場合は、合計240単位を上限として再投与することができます。
ただし、投与間隔は8週以上としてください。
- 注1:胸鎖乳突筋に投与する場合は、嚥下障害発現のリスクを軽減するため、両側への投与を避けること。
- 注2:肩甲挙筋へ投与する場合は、嚥下障害及び呼吸器感染のリスクが増大する可能性があるので注意すること。
- 注3:各筋に対し、初めて投与する場合の投与量を示す。
- 注4:各投与部位への投与量は30単位を上限とすること。
施注のポイント
- 頭位異常や咽喉頭部のジストニアに伴う嚥下障害を合併している患者にボツリヌス治療を行うと嚥下障害が増悪する可能性があるため、事前に嚥下障害の有無を確認してください。
- 後頸部の筋力が低下しすぎると、首が前に倒れて起こしにくくなることがあるので、筋量の少ない高齢者や女性患者では、少なめの用量から治療を開始してください。
- 患者は頭位異常を補正するために、随意的に他の筋を収縮させていることがあり、この部位に痛みを訴えることが多いのですが、ここに投与を行うと症状を増悪させることになるので注意してください。
- ボツリヌス治療によって、投与筋の緊張が低下したにもかかわらず、その協働筋の緊張が亢進し、異常姿勢が再現されたり、同一筋の他の筋束に新たな緊張が生じる場合があるので、初回投与以降も緊張筋の同定を注意深く行ってください。
- 脳性麻痺患者などで、異常姿勢が複雑であったり、不随意運動が激しい場合には、日常生活に最も影響を与えている異常姿勢から治療を行ってください。
- 注射針が細すぎると、施注時に針が曲がることがあり、短いと目標とする筋に到達できないことがあるため、適度な太さと十分な長さの針(27~30G、3/4インチ以上)を使ってください。
関与する筋
痙性斜頸には、胸鎖乳突筋、頭板状筋、斜角筋群、僧帽筋、肩甲挙筋など、多くの頸部筋が関与しています。また、それぞれの筋の作用は単一ではなく、いくつかの運動に関与しています。
頭位維持に関与する筋(側面)
頸部を側面から見ると、前方から胸鎖乳突筋、斜角筋群、肩甲挙筋、僧帽筋が並びます。斜角筋群は見過ごされやすい筋ですが、側屈などに関与する重要な筋で、胸鎖乳突筋のすぐ後ろにあります。斜角筋群の近くには腕神経叢があるため注意が必要です。肩甲挙筋は、肩挙上や側屈に関与する筋で、後頸部を広く覆っている僧帽筋の前側にあります。
頭位維持に関与する筋(後面)
後方から見ると、表面を僧帽筋が広く覆っています。その一層下には頭板状筋が斜めに走っており、髪の毛の生え際では、頭板状筋が一層目に出ています。耳の付け根から前方に向かって胸鎖乳突筋があります。
体位
座位を基本としますが、注射中は体を動かさないよう指導してください。
投与部位の決定
治療効果を得るために最も重要な点は、痙性斜頸の原因となっている筋を正確に同定することです。通常は、異常姿勢、異常運動の観察や、筋の視診、触診によって投与する筋を決定します。
初回治療の際には、異常姿勢の原因となっている主働筋は、通常肥大しているため、視診によって決定しやすいことが多いのですが、治療を反復するうちに、体表から観察可能な筋は治療によって萎縮し、筋の決定は次第に困難になってきます。
そのような場合には、針筋電図や超音波を用いて目標とする部位を同定します。また、異常姿勢が複雑な場合や、症状が重篤な場合には、日常生活に最も支障が大きい異常姿勢から治療を行います。
以下に基本的な投与部位を紹介します。
(1)回旋
[一次対象筋] 対側の胸鎖乳突筋、同側の頭板状筋
[二次対象筋] 対側の僧帽筋前縁(上部線維)、頸半棘筋、同側の下頭斜筋
- 胸鎖乳突筋の緊張が目立つ場合でも、必ず後頸部筋の緊張の有無を確認します。
- 胸鎖乳突筋と頭板状筋の両方に緊張がある場合、通常は胸鎖乳突筋よりも頭板状筋に多めの量を投与します。
- モニタ下での注射が可能な施設では、同側の下頭斜筋および対側の頸半棘筋に対する注射も検討します。
(2)側屈
[対象筋] 胸鎖乳突筋、頭板状筋、肩甲挙筋、僧帽筋、斜角筋群
- 純粋な側屈の場合、上記のうち、緊張の高い筋が候補となります。
- 胸鎖乳突筋の緊張が高い場合は、ここを最優先としてよいのですが、胸鎖乳突筋のみが緊張していると回旋が生じると考えられるため、同時に胸鎖乳突筋の拮抗筋である頭板状筋も関与している可能性が考えられます。
(3)前屈
[一次対象筋] 両側胸鎖乳突筋、両側前斜角筋
[二次対象筋] 両側広頸筋、両側オトガイ下筋群(顎舌骨筋、オトガイ舌骨筋、顎二腹筋前腹)
- 両側の胸鎖乳突筋が最初の候補となりますが、これだけで症状が軽快することは少ないようです。
- 両側の胸鎖乳突筋に治療を行うと、嚥下障害を来たすおそれがあるため、片側ずつ治療を行います。対側は前斜角筋を候補とします。
- 両側の広頸筋やオトガイ下筋群が次の候補となります。
- 椎前筋が関与している場合もありますが、ここへの経皮的注射は困難です。
(4)後屈
[一次対象筋] 両側後頸部筋(僧帽筋、頭板状筋、頭半棘筋、頸半棘筋など)
[二次対象筋] まれに胸鎖乳突筋
- 両側の後頸部筋の全てが治療対象となります。
- 過度に後屈姿勢になると、胸鎖乳突筋が後屈に作用することがあります。
(5)肩挙上
[対象筋] 肩甲挙筋、僧帽筋
- 肩挙上と側屈の鑑別が難しいことがあります。また、両者はしばしば合併します。
(6)側彎
[対象筋] 凹側傍脊柱筋
- 傍脊柱筋は強力な筋であるため、曲率が一番大きい部位を中心として、くぼんだ側の傍脊柱筋に100~150単位程度を分割して投与します。
- 一部の患者では頭位偏倚を矯正するための二次性の側彎と考えられ、他の偏倚に対する治療のみで側彎が軽快する場合もあります。
(7)回旋(右)+後屈+肩挙上(右)
[初回対象筋] 左胸鎖乳突筋、右僧帽筋、右頭板状筋
- 右回旋に対しては、左胸鎖乳突筋と右頭板状筋、
- 後屈に対しては、両側後頸部筋、
- 右肩挙上に対しては、右肩甲挙筋と右僧帽筋の関与が考えられます。
- 右回旋が高度な場合は、右下頭斜筋も検討の対象とします。
(8)側屈(左)+肩挙上(左)
[初回対象筋] 左胸鎖乳突筋、左斜角筋群、左僧帽筋、左肩甲挙筋など
- 左側屈に対しては、左胸鎖乳突筋、左頭板状筋、左肩甲挙筋、左僧帽筋、左斜角筋群、
- 左肩挙上に対しては、左肩甲挙筋と左僧帽筋の関与が考えられます。
(9)回旋(左)+側屈(左)+前屈+肩挙上(左)
[初回対象筋] 右胸鎖乳突筋、左僧帽筋
- 左回旋に対しては、右胸鎖乳突筋と左頭板状筋、
- 左側屈に対しては、左胸鎖乳突筋、左頭板状筋、左肩甲挙筋、左僧帽筋、左斜角筋群、
- 前屈に対しては、両側の胸鎖乳突筋と前斜角筋、
- 左肩挙上に対しては、左肩甲挙筋と左僧帽筋の関与が考えられます。
- 回旋の同側、つまり左の下頭斜筋を治療対象として考えることもできます。
- 回旋と前屈が同時に生じるのは、左右の胸鎖乳突筋の緊張に差があるためと考えられます。両側の胸鎖乳突筋への施注は嚥下障害のリスクを高めるので、初回は回旋の対側のみとします。
投与後の注意
痙性斜頸のボツリヌス治療では、眼瞼痙攣や片側顔面痙攣に比べて多量の毒素を反復使用するため、用量依存性の有害事象を生じやすくなります。痙性斜頸を対象とした使用成績調査10645症例中、508例(4.77%)に臨床検査値異常を含む副作用が報告され、その主なものは、嚥下障害208例(1.95%)、局所性筋力低下89例(0.84%)、脱力(感)31例(0.29%)でした(再審査終了時)。
嚥下障害は通常は軽度ですが、高度の障害を来たした場合には、一時的に経管栄養が必要になることもあります。[1]
局所性筋力低下の1つに、首が前に倒れて起こしにくくなる「頸下がり」があります。「頸下がり」が生じると、顔をあげて正面を見ることが困難になり、日常生活への支障が大きくなります。基本的には毒素の効果が減弱するまで待つしかありませんが、頸椎症を合併した場合にはカラーで頸部を固定して、頸部の安静を図ったほうがよいでしょう。
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